武甲山(標高1,304m)は関東屈指の名山とうたわれる独立峰で、その秀麗な山容は多くの人々から親しまれてきた。古代から山岳信仰の霊山として崇められ、現在は関東地方最大の規模を有する石灰岩体の山として知られている。
山体は東西に尾根をのばし、北側斜面に石灰岩層が発達して、急峻な地形を呈し、各所に断崖絶壁をつくり荒々しい巌壁が露呈している。この石灰岩地の標高650m以上に特殊植物群落が形成されている。
石灰岩地域の植物相は他と異なり、基岩のもつ化学的・物理的・生理的要因が作用し、石灰岩植物といわれる特異性に富んだ植物が生育している。
主なものとしては、
チチブイワザクラ
1933年清水大典氏らによって採集され、1950年中井猛之進博士により正式に記載発表された武甲山固有の植物である。越冬した緑色の芽が3月下旬より活動し、茎や葉の成長が始まる。4月下旬~5月中旬に茎は7~12cmとなり、その先に花茎2~3cm紅紫色の花が1~3個咲く。
チチブヤナギ
1913年小泉源一博士により、武甲山を基準産地として命名された。現在シライヤナギと同一種か、あるいはその変種として取り扱う説もある。
イワツクバネウツギ
茨城県から九州にいたる太平洋側の、主として石灰岩地域に隔離分布する石灰岩植物の一つ。武甲山では石灰岩稜や石灰岩崖地に多産する。
ミヤマスカシユリ
石灰岩崖に下垂し橙赤色の花を上向きに咲かせるこのユリは、清水大典氏によって発見され、1942年本田正次氏によって命名、発表された。現在はスカシユリの変種として扱われており、茨城県久慈地方の山地にも分布している。
チチブヒョウタンボク
武甲山を基準産地として、1914年牧野富太郎博士によって新種と記載されたが、1938年中井猛之進博士によりコウグイスカグラの変種として分類された。秩父地方の石灰岩地域、本州中北部に稀に分布する。
ブコウマメザクラ
檜山庫三氏により1936年に採集された標本にもとづいて、本田正次氏がタカネザクラの変種として命名したが、1953年原寛博士によって、富士火山地方にみられるマメザクラが武甲山の石灰岩地に適応分化した型、すなわちマメザクラの変種と改められ、ブコウマメザクラと命名された。
などであり、武甲山に所産する植物は『武甲山植物誌』(守屋忠之著1970年刊)によれば121科721種147変種43品種を数える。また、当初の指定地が乾燥し指定植物の枯渇化が進んだため現指定地が昭和58年3月29日に追加指定された。